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PTA会長を3年やってて感じること

この時期になると「PTA不要論」「PTAの効率化」だとがトークラインに溢れる様になります。PTA会長を3年やっていますが、感じていることを少しまとめたいと思います。

なぜPTAが「大変」「非効率」と言われるかいくつかの視点でまとめるとすっきりしました。大きく分けて4点あるかと思っています。

1)単年度制のボランティア活動であること
2)保護者のリテラシーやスキルのギャップが顕著であること
3)学校予算のPTAへの依存が顕著であること
4)悪しき「公平感」の蔓延

かと思ってます。

1.単年度制のボランティア活動であること
単年度制のボランティアである故に、4月の総会を経て新しい役員になった人は、ろくに引継ぎやサポートもされずに「役員」と呼ばれてPTA活動を始めることになります。

結果、何が起きるかというと、何がなんだか分からないまま、引継ぎノートという名の「昔からの呪縛」に囚われて、引継ぎノートに書かれたことを只々こなすようになります。ようやくPTA活動の全貌が見えてくるのは3学期に入ったあたりではないでしょうか? そして、「改善点」を思いつき引継ぎを行うけど、それが引き継がれず翌年も同じ状況が繰り返される。の繰り返しです。

単年度制だからこそ、「やりたい人がやり続ける」を前提にした団体でないと、このような不幸の再生産を行うことになるかなと思ってます。

 

2.保護者のリテラシーやスキルのギャップ
保護者の中には、平日は都内に仕事で働きに出ている人もいれば、地元で自営業をしている人もいれば、主婦・主夫の方もいます。また、その学歴や職歴、経験、スキルなどは多様です。
「PTAが非効率」という話が出るきっかけの多くは、自分自身の仕事だったらこんなに無駄なことをしないのに。という意識が強く働くからだと思うと同時に、部下でも同僚でもないスキル・経験・知識のギャップがある人との共同作業にストレスを感じるからだと思います。

確かに「合意形成に時間がかかる」「もっとPCやシステム化ができるはずなのに、マンパワーを前提にしている」という点はあります。
これは仕方ないのかと思ってます。だって、パソコンを使ったことがない人に「なんでパソコンが使えないの?」と聞いても無意味だからです。

でも、それが「私だけならもっと早くできるのに」とか「あの人達の作業の仕方は非効率だ」とかそういった感覚になるんですね。私も当初はその感覚がありましたし、今のPTA役員がやっている作業もやろうと思えば自分一人でできてしまいます。(主旨が変わるのでやりませんが。)

まずは、ボランティアであることに立ち返り、参加してくれていることに対しての「感謝」と「敬意」が必要なのかなぁと思ってます。

 

3.学校予算のPTA依存が顕著
これは多くの学校で生じている現象ですが、学校の備品を購入するためにPTA予算をアテにするところが多いです。これは私が会長をやっていたときでも、変わることはありませんでした。
本来、予算というものは「これこれ、こういうことを、この目的で実現したいので、いくら必要です」という予算要求があり、それに対してお財布を握る経営陣や経理部等が「ここまでなら認めます」というのがあります。学校も同じではないのか?と思っていましたが、そうではないようです。市役所や教育委員会が、現場を知らない状況で作った予算を作り、学校には「なんとかやりくりしてもらう」というのが当たり前のようです。

そりゃ、予算足りなくなりますよね。だって、現場の実態に合わせた予算ではないですから。結果、何が起きるかというと「学級編成が変わったのにも関わらず学用品が足りない」ということが生じます。

そこでPTA予算の出番。となるわけですが、何かおかしいですよね。PTAは確かに通学している児童・生徒の教育環境の充実を目的にはしていますが、「本来公の義務として準備すべきものがないから」という理由でお金をアテにされるのは間違っていると思います。

予算を獲得にしにいく。そのための教育計画や予算計画を立てて、校長が教育委員会等と話し合う。この意識がまったくと言ってよいほどありません。ここはPTA活動をやっているときに疑問を感じたところです。

 

4.悪しき「平等感」の蔓延
これは、PTA組織に限らずボランティア活動団体特有のコミュニティ文化なのかもしれません。
端的に言うと「私がやったとき大変だったのにあなた達が楽するのはおかしい」とか「あの人だけ楽して不公平」とか。PTA活動の原理原則に立ち返ると、そういった意識は無意味なんですが、どうしても「自分が損をした」という感情が働きやすいのではないかと思います。そうして、役員の後輩には「あなたも大変だけど、がんばりなさい」という謎の平等感が蔓延しています。

なので、役員ポイント制だとか○○をやったら○○をやったこととみなす。とか、謎のルールをどんどん作ります。

 

 

どんどん「やりたくない」「大変」と言われることを削っていった先に、PTAは何をするのでしょうか? PTAそのものがなくなってしまって困ることが本当にあるのでしょうか? PTAの存在意義を保護者自らが再認識して自ら活動するのでしょうか?

ちなみに、。私はPTAは会費集金と予算執行管理だけ行って、実際に何かをやるのは完全なボランティアでよいと思っています。そうすれば、本部役員数名だけでPTA自体は回ります。やりたい人だけがやってるので、「誰それはずるい」とか「ポイント制で必ず子ども一人で1役やってもらう」などという謎は消えるはずです。

私はその世界を観てみたいと思っています。

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