13Jan

「忙しくて余裕がない」「時間が足りない」。
保育の現場で働く人と話をしていると、こうした言葉を耳にしない日はほとんどありません。行事の準備、日々の保育、書類作成、保護者対応、突発的なトラブルへの対応、人手不足への配慮。挙げていけばきりがないほど、保育士の仕事は多岐にわたっています。確かに、業務量そのものも少なくはありません。ただ、それだけで説明できるほど、保育士が感じる「忙しさ」は単純なものではないようにも感じます。同じ業務量でも、余裕を保てている人と、常に追われている感覚を持つ人がいるからです。忙しさの正体は、本当に仕事の量なのでしょうか。今回は、保育士という仕事の特性を手がかりに、忙しさを生み出している別の要因について掘り下げて考えてみたいと思います。
忙しさは「量」よりも「構え方」から生まれることがある
同じ仕事をしていても、忙しさの感じ方には大きな差が生まれます。これは能力や経験の差というよりも、仕事にどう向き合っているか、つまり「構え方」の違いによるところが大きいように思います。特に保育士の場合、この構え方が一般的な社会人と比べて、かなり高い水準に設定されていることが少なくありません。
保育士は、こどもの命と日常を預かる仕事です。「失敗してはいけない」「何かあったら自分の責任になる」。そうした意識が、仕事の前提として強く根付いています。その結果、些細なことにも神経を使い、一つひとつの判断に緊張感が伴います。こどもの表情、声のトーン、動きの変化に常に注意を払い、同時に全体の安全や流れにも目を配る。その状態が一日中続くわけです。
この「気を抜けない時間」が長いこと自体が、忙しさとして体感されているケースは少なくありません。仕事量がそれほど多くなくても、常に頭と心をフル稼働させている状態では、余裕は奪われていきます。忙しさとは、単にタスクの数ではなく、「緊張し続けている状態」の長さなのかもしれません。
「全部ちゃんとやらなければならない」という思い込み
保育士の多くは、非常に責任感が強く、真面目な人が多い印象があります。こどものため、保護者のため、チームのために、「自分がやらなければ」「中途半端ではいけない」と考える姿勢は、これまで保育の質を支えてきた大切な土台です。その姿勢自体は、決して否定されるものではありません。
ただし、その責任感が強すぎると、「すべてを同じ重さで抱え込む」状態になりやすくなります。本来であれば、優先順位をつけて進めるべき仕事も、「どれも大事」「どれも今すぐ」と感じてしまい、結果として常に追われている感覚になります。
一般的なビジネスの現場では、「今日はここまででよい」「これは後回しでも大丈夫」という判断が、ある程度許容されます。しかし保育の現場では、その判断に対して罪悪感を覚えてしまう人も少なくありません。
「手を抜いてはいけない」「楽をしてはいけない」。そうした無意識の思い込みが、忙しさをさらに増幅させている可能性もあります。忙しさは、仕事が多いから生まれるのではなく、「全部を同じ重さで抱えようとする考え方」から生まれている場合もあるのです。
仕事とは「逆算で行うもの」であるという視点
ここで一度立ち止まって考えてみたいのが、「仕事とは本来どう進めるものなのか」という点です。仕事は、目の前に来たものを順番に処理していくものではありません。本来は、ゴールから逆算して組み立てていくものです。いつまでに、どの状態になっていればよいのか。そのために、今何をやる必要があるのか。この視点があるだけで、仕事の見え方は大きく変わります。
保育の仕事は、突発的な出来事が多く、計画通りにいかない場面も少なくありません。それでも、「今日すべてを終わらせる必要があるのか」「今やらなくてもよい仕事は何か」と考える余地はあります。逆算の視点を持つことで、仕事は「全部今やるもの」から、「順序をつけて進めるもの」へと変わっていきます。
逆算とは、決して手を抜くことではありません。限られた時間の中で、何を最優先にするかを選び取る行為です。こどもにとって今一番大切なことは何か。今日やるべき仕事と、明日に回せる仕事は何か。その判断を意識的に行うことが、忙しさをコントロールする第一歩になります。
時間は「あるもの」ではなく、「捻出するもの」
忙しいと感じているときほど、「時間がない」という言葉を使いがちです。しかし現実には、時間は誰にとっても同じように流れています。違いが生まれるのは、その時間をどう使うか、どう捻出するかという点です。
時間は、与えられるものではありません。意識的につくり出すものです。逆算の視点を持つと、「今やらなくても困らないこと」「やらなくてもよいこと」「誰かと分担できること」が少しずつ見えてきます。
保育の現場では、「自分がやらなければならない」と思い込んでいる業務が、実は共有できるものだった、というケースも少なくありません。時間を捻出するとは、仕事を削ることではなく、仕事の持ち方を見直すことなのです。
また、時間を捻出することに対して、「手を抜いているようで気が引ける」と感じる人もいるかもしれません。しかし、余白をつくることは、怠慢ではありません。判断の質を保ち、こどもに向き合う余裕を確保するための、必要な行為です。
忙しさを手放すことは、保育の質を下げることではない
最後に、はっきりと伝えておきたいことがあります。忙しさを減らすことは、決して保育の質を下げることではありません。むしろ、その逆です。余裕のない状態では、こどもの小さな変化に気づきにくくなり、判断も短絡的になりがちです。忙しさが続くと、「考える前に動く」「とりあえず対応する」ことが増え、本来大切にしたい丁寧さが失われていきます。
保育士の専門性とは、「すべてを背負うこと」ではありません。チームで支え合い、判断を共有し、必要に応じて力を抜くことも、専門性の一部です。仕事を逆算で捉え、時間を捻出するという視点を持つことは、効率化のためだけではなく、こどもに向き合う余白を守るためでもあります。
忙しさに慣れてしまったときこそ、「この忙しさはどこから来ているのか」「本当に今、これをやる必要があるのか」を問い直してみる。その問いは、働き方を変えるだけでなく、保育そのものを見直すきっかけにもなります。忙しさを疑うことは、保育を軽んじることではありません。むしろ、保育を大切にし続けるために欠かせない視点なのだと思います。


