1Feb

――圧倒的♡地域No.1という言葉を使い続ける理由
地域No.1という言葉は、説明がしやすい言葉です。数字を並べれば、それなりに納得してもらえる。定員充足率、園児数、拠点数、売上、評価実績。行政資料にも、事業計画にも、外部向けの説明にも使いやすい言葉です。
ただ、現場と経営の両方に関わり続けていると、その言葉に対して違和感が残ります。数字が揃っているのに、地域の中で信頼されていない組織がある一方で、数字だけを見れば突出していないのに、地域から確実に頼られている存在もある。その差は何なのか、という問いです。
私たちは「圧倒的♡地域No.1」という言葉を使っていますが、これは数字の話をしたくて使っている言葉ではありません。むしろ逆で、数字だけで語られる地域No.1に対する違和感から生まれた言葉です。地域No.1は、結果として数字に表れることはあっても、数字そのもので決まるものではない、と考えています。
先に決まっているのは構造です。
判断のされ方、責任の引き受け方、地域との関わり方。
その積み重ねの結果として、ある時点の数字が表に出てくる。
そして、この言葉に♡を入れているのは偶然ではありません。
愛されること。共感されること。
そのために、地域社会に対して愛を持つこと。
地域に共感し、関わり、交わり続けること。
これは感情論ではありません。経営姿勢でもありません。構造の話です。
地域No.1を競争の結果としてではなく、関係性の結果として捉えるための前提として、この♡を入れています。
地域No.1を数字で定義した瞬間に、時間軸が狂い始めます
数字は分かりやすいです。だから安心できますし、比較もできます。ですが、数字は設計図ではありません。数字は結果です。なぜその数字になったのか、なぜその状態が続いているのか、そこまでは教えてくれません。
地域No.1を数字で定義し始めると、時間軸が一気に短くなります。来期どうするか、今年どう見せるか、どこを伸ばすか。その発想自体が悪いわけではありませんが、その軸だけで動き始めると、構造よりも結果が先に来てしまいます。
数字は、真似ができます。
定員を増やすことも、拠点を増やすことも、制度を使うことも、やろうと思えばできます。短期間で似たような数字を作ること自体は、それほど難しくありません。
ただ、そのやり方は長く続きません。現場に負荷が溜まり、判断が遅れ、責任の所在が曖昧になります。その歪みは最初は数字に出ません。少し遅れて、静かに効いてきます。
一方で、構造は簡単には真似できません。
どこで判断しているのか。
誰が責任を引き受けているのか。
現場と経営の間で、どんな言葉が行き交っているのか。
これらは外から数字を見ても分かりませんし、マニュアル化もできません。だからこそ、構造が先にできている組織は、時間が経つほど差が開いていきます。
地域No.1を数字で語った瞬間に、短期戦になります。
構造で語ろうとした瞬間に、時間軸が長くなります。
私たちは、後者の時間軸で物事を考え続けたいと思っています。
「圧倒的♡」とは、愛されるための覚悟を構造に組み込むこと
「圧倒的♡地域No.1」という言葉に違和感を覚える人もいます。なぜ♡なのか、なぜ曖昧なのか、なぜ数字で言い切らないのか。その違和感は、ある意味で正しいと思っています。
評価軸を一つに固定しない、という意思がここにはあります。
地域の中での価値は、立場によって違います。
保護者にとってのNo.1。
子どもにとってのNo.1。
職員にとってのNo.1。
行政にとってのNo.1。
それらは完全には一致しません。そのズレを無理に一つの数字に押し込めると、必ず構造が壊れます。だから最初から♡を入れています。愛されること、共感されること、交わり続けることを、評価軸の中に含めるという宣言です。
愛される、というのは迎合することではありません。
共感される、というのは同意され続けることではありません。
交わる、というのは距離を詰めることだけではありません。
地域に対して愛を持ち、地域の文脈に共感し、逃げずに関わり続ける。その姿勢を、組織の構造に組み込むということです。判断が必要な場面で、説明から逃げない。都合の悪いときに、関係を切らない。そうした積み重ねが、地域との関係性を形づくります。
圧倒的、という言葉も同じです。圧倒的とは、最大という意味ではありません。他と比較して説明しづらい違いがある、という状態です。その違いは、数字ではなく、構造から生まれます。
地域に残るのは、強い組織ではなく「判断を引き受け続けた組織」
地域No.1を構造で考えるとき、どうしても避けて通れないのが「判断」の話です。
どれだけ理念が立派でも、どれだけ人が集まっていても、判断の置き場所が曖昧な組織は、地域からの信頼を長く保つことができません。
ここで言う判断とは、正解を当てることではありません。
誰が、どこで、何を引き受けるのかを明確にすることです。
現場が引き受ける判断があります。
管理職が引き受ける判断があります。
経営が引き受ける判断があります。
それぞれが曖昧になると、組織は一気に不安定になります。現場に判断を丸投げすれば、現場は疲弊します。経営がすべてを抱え込めば、現場は思考を止めます。判断と責任の置き場所が整理されていない状態は、地域との関係にも必ず影響します。
地域は、組織の内部事情を細かく知っているわけではありません。ただ、雰囲気は伝わります。迷っているのか、逃げているのか、引き受けているのか。その違いは、説明しなくても伝わってしまう。
判断を引き受けるということは、すべてを守れない可能性を引き受けるということでもあります。誰かにとっては不満が残るかもしれない。間違いだったと言われるかもしれない。それでも、その判断をした理由を説明し続ける。その姿勢が、地域からの信頼になります。
強い組織が地域に残るわけではありません。
判断を引き受け続けた組織が、結果として地域に残ります。
数字では測れませんが、この差は時間が経つほど大きくなります。
No.1を目指すのではなく、No.1になってしまう構造をつくる
「地域No.1を目指しています」という言い方には、少し違和感があります。目指す、という言葉にはゴール設定の匂いが強すぎるからです。ゴールが決まると、そこに向かって無理な近道を取りたくなります。数字を合わせにいく、評価を取りにいく、分かりやすい成果を積み上げにいく。その結果、構造が歪むことがあります。
私たちが考えているのは、No.1を目指すことではありません。
結果として、No.1になってしまう構造をつくることです。
判断を引き受ける位置が明確であること。
地域に対して愛を持ち、共感し、交わり続けること。
都合のいいときだけ関わるのではなく、難しい局面でも関係を断たないこと。
そうした姿勢を、個人の美徳ではなく、組織の構造として積み重ねていく。その結果として、気づいたら「地域にとって欠かせない存在」になっている。その状態を、私たちは「圧倒的♡地域No.1」と呼んでいます。
数字は、いつか変わります。制度も、環境も、人口構造も変わります。
ですが、構造はそう簡単には変わりません。判断の置き場所、責任の引き受け方、地域との交わり方。それらが一貫していれば、数字が変わっても、関係性は残ります。
「圧倒的♡地域No.1」という言葉を使い続けているのは、安心したいからではありません。数字が揃ったときほど、構造を問い直すためです。愛されているか、共感されているか、交わり続けているか。その問いを、立ち止まらずに持ち続けるための言葉です。
地域No.1は、名乗るものではありません。
奪うものでもありません。
気づいたら、そう扱われている。
その状態を支えているのは、派手な戦略ではなく、日々の判断と関係性の積み重ねです。
数字ではなく、構造で決まる。
そう考え続けている限り、少なくとも、考えることをやめてしまうことはないのだと思っています。



