15Jan

――波風を立てない優しさと、成長を止めない勇気
会議や打ち合わせの場で、「これは言ったほうがいいのでは」と感じながらも、言葉を飲み込んだ経験は多くの人にあるのではないでしょうか。相手を不快にさせたくない、場の空気を壊したくない、波風を立てたくない。そうした配慮は、社会で働くうえで大切な感覚です。しかし一方で、「言いにくいこと」を言わずに済ませる選択を重ねた結果、組織や仕事が少しずつ停滞していく場面も少なくありません。本稿では、「言いにくいこと」をどう伝えるかという技術論ではなく、なぜそれを伝えることが組織の前進に不可欠なのかという視点から考えてみたいと思います。
言わない選択が積み重なると、問題は静かに大きくなる
仕事の現場では、意見の違いや違和感が生じること自体は珍しいことではありません。むしろ、多様な視点があるからこそ、より良い成果が生まれます。ただし、その違和感が「言いにくいから」という理由で放置され続けると、別の問題が静かに育っていきます。
その場では大きな支障がなく進んだように見えても、業務改善が進まなかったり、非効率なやり方が固定化されたりします。そして時間が経つにつれ、小さな不満やズレが積み重なり、ある日突然、大きなトラブルや人間関係の摩擦として表面化します。多くの場合、その段階で振り返ると、「もっと早く伝えていれば、ここまでこじれなかったのに」と感じることになります。
問題の厄介さは、「今すぐ困らない」点にあります。今は回っている、今は我慢できる、今は触れなくても進められる。そうした判断の積み重ねが、結果として将来の負担を大きくしてしまうのです。
「言うか言わないか」ではなく、「何のために言うのか」
「言いにくいこと」を伝える際に、まず確認したいのは目的です。感情的になって相手を責めることや、不満をぶつけることが目的になってしまうと、対話は建設的になりません。一方で、「より良い成果を出すため」「業務を円滑に進めるため」といった目的が明確であれば、同じ内容でも伝え方は大きく変わります。
「これを言ったら嫌がられるかもしれない」と考えると、どうしても発言は重くなります。しかし、「これは相手にとってもプラスになる話だ」「組織全体のために必要な話だ」と捉え直すことで、伝えることへの心理的なハードルは下がります。目的がはっきりしていれば、多少耳の痛い内容であっても、誠実な言葉として伝わりやすくなります。
これは、保育業界を含め、あらゆる組織に共通する視点です。現場で感じている課題を共有せずにいることは、一時的には平穏を保てるかもしれませんが、長期的には組織の成長を確実に止めてしまいます。
主語を変えるだけで、対話の質は大きく変わる
伝え方において、私が特に意識しているのが主語です。「あなたはこうすべきです」「あなたのやり方は間違っています」といった表現は、たとえ正論であっても、相手を防御的にさせてしまいます。内容以前に、「責められている」という感覚を生んでしまうからです。
そこで有効なのが、「私はこう考えています」「私はこう感じました」という、いわゆるIメッセージです。自分の考えや感じたこととして伝えることで、相手の行動を直接否定せずに意見を共有することができます。これは、相手の立場や自由を尊重したうえで対話を行う姿勢でもあります。
保育の現場でも、この考え方は非常に重要です。保護者に対して「それはできません」と断じるよりも、「園としてはこのように考えています」と伝えることで、対立ではなく対話の土台が生まれます。主語を変えるだけで、同じ内容でも受け取られ方は大きく変わるのです。
曖昧な言葉では、共通認識は生まれない
もう一つ欠かせないのが、できる限り具体的に伝えることです。「いつも」「全然」「なんとなく」といった言葉は、感情は伝わっても、事実の共有にはなりません。せっかく勇気を出して意見を伝えても、共通認識ができなければ、話は前に進まないのです。
「〇月〇日の〇〇の件について」「この資料のこの部分について」といったように、具体的な事実を示すことで、初めて建設的な議論が可能になります。これは、主観と事実を切り分けるという意味でも重要です。感情は感情として、事実は事実として整理することで、対話は冷静さを保ちやすくなります。
具体性を大切にする姿勢は、個人のスキルというよりも、組織文化そのものだと言えるでしょう。具体的に話せる組織ほど、問題の発見と修正が早くなります。
「言いにくいこと」を伝えるのは、否定ではない
私が若い頃、上司から言われた言葉があります。「君の意見は分かるけれど、もう少し主観と事実を分けて話してみようか」。この一言をきっかけに、「何を感じたのか」「実際に何が起きたのか」を意識的に整理するようになりました。
「言いにくいこと」を伝えるのは、確かに勇気がいります。しかしそれは、相手を否定する行為ではありません。むしろ、相手や組織に対して真剣に向き合い、より良い関係や成果を築きたいという意思の表れだと私は考えています。
波風を立てない優しさも大切ですが、成長を止めない勇気も同じくらい大切です。その両方を持ち続けられる組織こそが、長く前に進み続けられるのではないでしょうか。




