16Nov
とりあえずトリコロールの話題が結構ネット上で盛り上がっておりますが、基本的には「それはそれで、その人なりの追悼の表し方なんじゃない?」派です。私はやらないですが。ただ、誤解のないように言いますが、その行為自体を否定は一切していませんのでご注意ください。
理由1 「私らしい」哀悼の気持ちを表す方法ではない
私の宗教観なのかもしれませんが、亡くなった方に対しては静かに哀悼の意を捧げたいと思っています。哀悼を行うときにあえて、他の人がやっているから、という感じで「自分ではちょっと違うな」と感じることをすることに違和感があります。
理由2 メディアの外にいるテロ被害者に対する想い
これは批判派?の方が論調に使っているケースも多いと思います。私自身もこれに対しては同様の感じ方をしています。やるのであれば、パリだからトリコロールではなく、テロリズムに対する反対を示すものであれば良かったのではないかと感じています。
ただ、なんだろ…この世の中に絶対的な正解や善悪なんてないし、人が感じるときにモノサシにしている「本質的な価値観」や、その背骨になってる信仰とか原体験(多分トリコロールに対する価値観の違いってその辺なのかな?って見てて思う)なんて、他人は理解するのは相当対話してないと(仮に話をできていたとしても)相当難しいと思います。ですので、トリコロールへというものがフォーカスされてますが、個人の「価値観」のすりあわせの問題ではないのかなぁと思う次第です。
ちなみに、私は「お天道様がみてますよ」という価値観を大事にしたい人間です。m(_ _)m
<Facebookのトリコロールロゴとは?>
戦後最大のテロ事件となった11月13日金曜日の夜にパリを襲った同時多発テロが発生しました。世界中で犠牲者を悼み、有名なモニュメントがフランス国旗であるトリコロール(自由、平等、博愛を意味する三色旗)で照らし上げられる一方、#prayforparisのハッシュタグがSNSに登場し。Facebookも一時的に自分自身のアイコンの上に、トリコロールをカバーすることができる機能を実装しました。