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大人とは、責任で判断する存在である

「大人とは何か」と問われたとき、私たちは案外あいまいな答え方をしてしまいます。年齢でしょうか。経験年数でしょうか。立場や肩書きでしょうか。社会に出て働いていれば、大人だと言えるのでしょうか。しかし、保育業界の現場に長く身を置いていると、そうした表層的な基準が、ほとんど意味を持たない場面に何度も直面します。

感情で判断する大人、好き嫌いで動く大人、責任を回避しながら言葉だけを並べる大人。その一方で、立場は高くなくても、結果と影響を引き受けながら静かに判断を重ねていく人もいます。この差はいったい何なのか。その根底にあるのが、「大人とは、責任で判断する存在である」という考え方です。本稿では、この視点を軸に、自社の経験や保育現場の実情、保育士、保育園、行政を取り巻く環境を交えながら、いま保育業界で何が起きているのかを整理していきます。

感情で判断する現場が生み出す歪み

保育現場は、人の感情と切り離せない仕事です。こどもの感情に寄り添い、保護者の不安を受け止め、職員同士も日々感情をやり取りしながら働いています。そのため、「気持ちを大切にする」「寄り添う」という言葉が、現場の価値観として強く共有されています。このこと自体は、保育の本質を考えれば、決して否定されるものではありません。

しかし問題は、その価値観が「判断基準」まで侵食してしまったときに起こります。本来、大人の判断は感情を踏まえたうえで、責任によって下されるべきものです。ところが現場では、「かわいそうだから」「言いづらいから」「気まずくなるから」といった感情が、判断そのものを左右してしまう場面が少なくありません。

たとえば、明らかに改善が必要な業務上の問題があっても、「今は忙しいから」「あの人も大変そうだから」と先送りされる。保護者対応においても、「強く言われたから」「クレームになりそうだから」と、本来守るべき線を曖昧にしてしまう。こうした判断は、一見すると優しさや配慮のように見えますが、その実、責任から目をそらした結果であることが多いのです。

感情で判断する現場は、短期的には波風が立たず、穏やかに見えます。しかし長期的には、基準が揺らぎ、不満が蓄積し、最終的には現場全体の信頼を損ないます。こどもにとって何が最善かという問いも、いつの間にか置き去りにされてしまいます。

責任で判断するということの意味

では、「責任で判断する」とはどういうことなのでしょうか。これは、感情を持たないという意味ではありません。むしろ逆です。感情があることを前提に、その感情を判断基準にしないという姿勢です。判断の軸に置くのは、「その判断が、どんな結果を生むのか」「誰にどんな影響を与えるのか」「その影響を自分は引き受ける覚悟があるのか」という問いです。

保育園という場は、こども、保護者、職員、地域、行政と、非常に多くのステークホルダーの影響を受けています。その中で下される一つひとつの判断は、必ず誰かの人生や生活に影響します。だからこそ、大人としての判断には、常に責任が伴います。

責任で判断する人は、軽々しく言葉を使いません。安易に同意もしません。「それは難しい」「それは今はできない」と言うこともあります。その代わり、自分が引き受けられる範囲を正確に見極め、その範囲の中で最大限の選択をしようとします。この姿勢は、必ずしも好かれるものではありませんが、結果として信頼を積み重ねていきます。

自社の経営においても、この点は何度も突きつけられてきました。現場の声を尊重することと、現場の要求をすべて受け入れることは違います。保護者の要望に応えることと、サービス業に傾倒することも違います。その線引きを誤らないためには、「誰の、どんな未来に責任を持つのか」を常に問い続ける必要があります。

保育士・保育園・行政、それぞれに求められる「大人性」

保育業界の現状を見渡すと、「大人としての判断」が求められている場面は、現場だけに限りません。保育士、保育園、行政、それぞれが、それぞれの立場で責任を問われています。

まず保育士について。保育士は、専門職であると同時に、非常に若い段階から現場に立つ職業です。そのため、精神的・社会的な成熟が追いつかないまま、重い責任を背負っているケースも少なくありません。その結果、感情が先に立ち、判断が揺らぐ場面が生まれます。ここで重要なのは、未熟さを責めることではなく、未熟さを前提として育成や支援の構造を組み立てることです。

次に保育園という組織について。保育園は、福祉施設であると同時に、事業体でもあります。この二面性を正しく理解せず、「気持ち」や「理念」だけで運営しようとすると、必ずどこかで無理が生じます。職員の働きやすさ、園の持続性、地域からの信頼。これらを守るためには、経営としての判断を避けて通ることはできません。

そして行政です。行政は制度を設計し、基準を示す立場にありますが、現場との距離が生じやすいのも事実です。現場の声を聞くことは重要ですが、その声をどこまで制度に反映するのか、その結果にどんな影響が出るのかを見極める責任があります。責任で判断するとは、誰かの声を代弁することではなく、全体の構造を見て判断することです。

責任で判断する文化をどう育てるか

最後に、「大人とは、責任で判断する存在である」という考え方を、どう現場に根づかせていくのかについて触れておきたいと思います。これは、研修を一度行えば身につくものではありません。日々の判断の積み重ねの中で、少しずつ形成されていくものです。

重要なのは、「感情で判断してもよい場面」と「責任で判断すべき場面」を意識的に切り分けることです。こどもに寄り添う場面では感情が必要です。しかし、運営やルール、役割分担といった領域では、感情を判断軸に置いてはいけません。この線引きを言語化し、共有し続けることが、文化をつくります。

また、責任で判断した結果が、すぐに良い評価につながらないこともあります。それでも、その判断を引き受ける姿勢を組織として支えることが重要です。責任を引き受けた人が孤立しない構造をつくること。それもまた、経営やマネジメントの責任です。

大人とは、完璧な存在ではありません。迷い、悩み、それでも判断を下し、その結果を引き受け続ける存在です。保育業界がこれからも社会に必要とされ続けるためには、この「大人性」を、個人任せにせず、組織と業界全体で育てていく必要があります。

感情を否定せず、しかし感情に支配されない。
好き嫌いで動かず、結果と影響を見据える。
それが、「大人とは、責任で判断する存在である」という言葉に込めた、私の実感です。

この視点を手放さない限り、現場は必ず前に進めると、私は信じています。

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