19Feb
先日、前々職で上司だった方とお会いすることがありました。ご年齢もすでに60歳を超え、嘱託として仕事を続けていらっしゃいますが、それもおそらく65歳くらいまででしょう。(場合によってはそれより早くリタイアされるかもしれません)
今となっては「定年」というものがない私にとっては、死ぬまで現役という気持ちでやっていますが、その方がふと「仕事がなくなったら何するかなぁ。。。」と呟かれたことが妙に印象に残っています。
確かに、一般的にサラリーマンと呼ばれる方は、定年を迎えると1日の大半を過ごしていた「仕事」というものがなくなるため、何をしたらよいか分からない。という方が多いと聞きます。よしんば、何かの仕事にありつけたとしても、昔の知識を振りかざして「老害」と言われたりするケースもあると聞きます。
自分の価値というものを「仕事をすること」に置いてしまうと、その「仕事」がなくなった瞬間に、自分自身に価値がなくなってしまう恐怖心が生まれてしまいます。
幸い、私にとってはそういう状況がないからこそ、逆説的ではありますが「会社」が社会にとってそのようにならないように意識し続けなければいけないと思っています。
つまり、会社の社会における存在価値です。
企業経営はとてもシビアで残酷なものです。
会社が社会に必要とされなくなった時点で、サラリーマンのような窓際ポストもなければ出向もなく、市場からの退場(倒産)を求められます。
でからこそ、会社経営とは先を見通して、常に社会において役に立っているか?ということを意識した経営をしていかないといけないのです。
強いものが生き残るのではなく、うまく環境に適応できたものが生き残る。
ダーウィンが言ったわけではないらしいですが、進化論の要諦のような言葉を会社経営の基本として私は信じています。
そのためにも、うまく変化し続けていくためには、シッカリとした基盤(知名度・地盤・財務 など)で、意思決定をスピーディに行える会社の規模でいることが重要だと思っています。